大阪地方裁判所 昭和53年(行ウ)55号 判決 1983年3月16日
甲乙両事件原告 別所弘
<ほか五名>
甲事件原告 山住広光
<ほか二〇名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 井関和彦
同 西岡芳樹
同 藤原猛爾
甲乙両事件被告 高槻市長 西島文年
右被告訴訟代理人弁護士 澤辺朝雄
甲乙両事件参加人 阿佐建築工務株式会社
右代表者代表取締役 阿佐泰夫
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
(甲事件)
1 被告が阿佐建築工務株式会社に対し昭和五三年五月二七日許可番号第七一―四号をもって別紙物件目録記載の土地についてした宅地造成工事許可処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(乙事件)
1 被告が阿佐建築工務株式会社に対し昭和五三年五月二七日許可番号第七一―四号をもって別紙物件目録記載の土地についてした開発許可処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 本案前の答弁
主文と同旨。
2 本案に対する答弁
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
三 参加人
1 原告らの被告に対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの請求の原因
1 被告は、参加人(阿佐建築工務株式会社)が別紙物件目録記載の土地(以下、本件開発区域という)についてした宅地造成許可申請に対し、昭和五三年五月二七日許可番号第七一―四号をもって都市計画法(昭和五五年法律第三四号による改正以前のもの、以下、都計法という)二九条に基づく開発許可処分(以下、本件開発許可処分という)及び宅地造成等規制法(以下、宅造法という)八条一項に基づく宅地造成工事許可処分(以下、本件宅地造成工事許可処分という)をした(以下、右各許可処分をあわせて本件各許可処分という)。
2 しかし、本件各許可処分には、以下に述べる違法がある。
(一) 本件各許可処分の違法
(1) 合意事項違反・行政の適正手続違反
本件各許可処分は、原告らと被告との間の、昭和五一年一〇月一四日、昭和五二年四月一二日、同年五月一二日、同年同月二二日の各合意事項及び確認書(別紙合意事項ⅠないしⅣ)に違反してなされたものであり、行政は適正な手続によってなされなければならないとの命題に明白に反し、かつ、行政の禁反言の原則ないしは信義則に著しく違反する。
(2) 都計法三三条一項二号、三号、五号、六号及び宅造法九条一項違反
本件開発区域及びその周辺地域には、(ア)松等の樹木が山側に倒れたように育成していること、(イ)山の地肌に水平方向の地割れが存在すること、(ウ)山の所々に穴が存在すること、(エ)地下水が下方から湧き出る出方をしていること、(オ)山様(山の起伏)が正常でないこと等のいわゆる地すべり地としての要素が存在しているうえ、その地質は、大阪層群といわれる地層であり、礫・砂・粘土の未固結ないし半固結の互層(海成粘土層)から成っている。
このように、本件開発区域は、それ自体極めて地盤の軟弱な土地であり、しかも、雨水・湧水によってもまた軟化しやすい地質構造上の特質を有し、いわゆる地すべり地である蓋然性の高い地域である。
したがって、被告は、本件開発区域の開発許可等にあたっては、当該許可申請が、地質の状況・伏水流・高低差及び傾斜のある地盤相互の影響・地すべり対策等について、本件開発区域及びその周辺地域にわたって事前の科学的調査を十分に実施し、その結果に基づいて防災のため必要な安全措置を講じた設計・設備・工事であるか否かを検討しなければならない。
しかるに本件各許可処分は、事前の調査が不十分かつ形式的であり、資料の伴なわない推定に基づく計算により、擁壁構造等が安全であるかのごとくみせかけている申請者提出の設計図面等にもとづいてなされたもので、都計法三三条一項二号、三号、五号、六号(本件開発許可処分)及び宅造法九条一項(本件宅地造成工事許可処分)に違反する。
(二) 本件開発許可処分の違法
(1) 都計法三三条一項一三号違反
本件開発区域のうち南東境界付近に存する土地、即ち高槻市古曽部五丁目八六〇番地、二八五番四四、八六一番一はいずれも原告別所弘(高槻市奥天神町三丁目二八五番一の土地)、同植村剛(同二八五番一二の土地)、訴外平田源次(同二八五番二の土地)、同岡本健二、同岡本仁美(同二八五番四の土地)の各土地に隣接していた。
したがって、本件開発行為の申請にあたって、同号の同意は右の者らについて求められるべきものであった。
しかるに参加人は、開発許可申請前から右の原告及び住民らによる開発反対の意思を確認し、同人らの開発に対する同意が得られないことを知るや、自己所有の開発対象地域内に仮装土地所有者を作り出し、この仮装土地所有者の開発に対する同意を得ることにより同号の要件充足をはかろうと企て、前記八六〇番地、二八五番四四、八六一番一の土地と、右原告ら並びに訴外住民各所有地との間に幅約一・三メートルないし一・八メートル程度の他人所有名義の土地を作り出すこととし、昭和五二年九月三日前記八六〇番一から八六〇番三(一七平方メートル)、前記二八五番四四から二八五番四八(三〇・八四平方メートル)、前記八六一番一から八六一番二(一四〇平方メートル)の土地をそれぞれ分筆し、かつ、いずれも同月九日、訴外株式会社ニッタ(その後商号変更により新田土地建物株式会社)に売買の形式でその所有名義を変更した。この右訴外会社と参加人とはきわめて友好的な関係にあるところ、参加人は同号の同意書面として、右のごとく仮装した隣地所有者訴外株式会社ニッタの同意書面を本件許可申請に添付して提出したもので、被告は右事情につき、これを関係書面から容易に審査できるのにこれを看過したものであって、本件開発許可処分には同号を潜脱した違法がある。
(2) 都計法四五条違反
本件開発許可処分により開発許可を受けたのは参加人である。
しかし、参加人は、その後本件開発行為完了前である昭和五三年八月二三日及び昭和五四年二月二〇日の二回にわたり訴外池尻興産株式会社に本件開発対象土地の全部を売り渡し、これに伴なって本件開発行為は右昭和五三年八月二三日以降、右訴外会社が「開発許可を受けた者」の地位の特定承継人となり開発行為を実施した(対被告等の開発行為実施に伴なう交渉も含めて)が、この件については同条所定の承認を得ていない。
この件について、不動産売買追加契約書(甲第九号証)第七条は「本物件開発許可の甲より乙への地位承継手続きに付いては、高槻市当局の要望に依り、現状の侭とし、甲乙双方適当と認めた場合に行うものとする。」等と定めており、右の「開発許可を受けた者」の地位の承継を被告は知っていたにもかかわらず、これを故意に見のがし、同法三三条一項一一号等による開発許可申請者に対する資力・信用の審査を受けていない右地位の特定承継人訴外池尻興産株式会社がなしたその後の開発行為を容認した違法がある。
3 原告らは、いずれも本件開発区域の山林直下に隣接する高槻市奥天神町三丁目所在の土地を所有して居住しており、本件各許可処分の対象とされた造成区域で崖崩れ・土砂崩れ・溢水等があれば直接その生命・身体・財産に対する影響を被る住民である。
なお、原告らは昭和五三年七月一六日本件各許可処分がなされたことを知った。
4 よって、原告らは被告に対し、本件各許可処分(甲事件原告は本件宅地造成工事許可処分のみ)の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
1 出訴期間経過後の訴え提起(甲事件について)
原告らはいずれも高槻市奥天神町三丁目自治会に属するものであるところ、参加人は、昭和五三年六月六日右自治会に対し文書をもって本件宅地造成工事許可処分のなされたことを通告し、工事施行についての協議会を開催すべきことを申し入れており、これによって、右同日、右自治会会長である原告別所弘はもちろんのことその余の原告らも本件宅地造成工事許可処分のあったことを知悉した。
したがって、本件訴え(甲事件)は、出訴期間を経過した後に提起されたものであり、却下されるべきものである。
2 原告適格の欠如
行政処分の相手方以外の第三者が当該行政処分の取消しを求める原告適格を有するのは、違法な行政処分によって具体的に自己の権利または法律上の利益を害せられる地位にある場合に限られる。本件の場合、原告らが本件開発区域の近隣に居住していることは事実であるが、本件各許可処分によりその権利または法律上の利益を害せられる地位にあるものではないから、原告適格を欠き、本件訴えはいずれも却下を免れない。
3 訴えの利益の消滅
参加人は、昭和五七年五月六日付で、被告に対し、本件開発許可処分にかかる工事が同日完成した旨の工事完了の届け出をし、あわせて本件宅地造成工事許可処分にかかる工事が同日完了したことにつきその検査を求める旨の宅地造成に関する工事の完了検査申請をした。これに対し被告は、右同日工事完成検査を行なったところ、工事完了の事実が認められたので、同年五月一九日参加人に対し開発行為に関する工事の検査済証及び宅地造成に関する工事の検査済証を交付するとともに、開発行為に関する工事完了の公告を行なった。
したがって、本件各許可処分にかかる工事は、遅くとも同月七日完成したものであり、工事が完成した以上、本件各許可処分を取消しても何らの実益はなく、原告らは本件各許可処分の取消しを求めるにつき訴えの利益を有しない。
本件各許可処分に基づいて行なわれた工事は、一七戸の住宅を建設するため、道路・公園・遊水池等を設けた大規模な開発・造成工事であり、工事に伴なう切土総量は五八五六・二四立方メートル、盛土総量は五八三二・四三立方メートルにのぼり、このような大量の土砂の搬出・搬入により、もとの山林の状況は根底から変更されつくしており、これを原状に回復することが不可能であることは明らかである。
なお、都計法八一条、宅造法一三条の各規定は、開発行為・造成工事をなす者またはその関係者が、都計法・宅造法・その各施行令・これらに基づく処分等に違反した場合の監督処分を定めたものであり、これらの監督処分は、既になされた許可処分とは別個の処分である。したがって、本件各許可処分が取消されたとしても、被告が右監督処分をなすべき義務を負うに至るものでないことは明らかであるから、右各規定の存在は原告らの訴えの利益の根拠とはなりえない。
三 被告の本案前の主張に対する原告らの反論
1 出訴期間について
原告らが本件宅地造成工事許可処分を知ったのは被告が原告らの要求に基づき説明会を行なった昭和五三年七月一六日である。
被告主張の文書が同年六月六日自治会長または原告らに届いたことはなく、また、出訴期間の始期について、これを処分庁以外の者の作成した内容の不確かな文書の存在に基づいて認定することは許されない。
2 原告適格について
都計法三三条、同法施行令二五条、二六条、二八条等の規定は、原告ら住民の利益を保護することを定めた規定である。
また、行訴法九条に「法律上の利益を有する者」という場合の法律とは、処分の根拠法規に限定されるものではなく、他の実定法や慣習法も含まれる。原告らは、本件開発区域において地すべり・浸水等が発生した場合、その所有する土地・建物が損壊される蓋然性の高い地域に居住しているところ、現に本件の造成工事により地盤沈下や建物の損壊等が発生しており、生命・身体・財産に対する著しい危険状態の下に置かれている。
3 訴えの利益について
都計法に基づく開発許可処分について、同法八一条は、同条一項一号ないし四号に該当する事由ある場合には、許可承認の取消し・変更、その効力の停止、その条件の変更、新たな条件を付すこと、工事その他の行為の停止、建築物その他の工作物もしくは物件の改築・移動・除却その他違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができると定めている。本件においては同法八六条の権限委任規定により被告がこれら監督処分を行なうべきものである。また、宅造法に基づく本件造成工事許可処分に関しても、同法一三条に右同様の監督処分の定めがある。この場合も監督処分を行なうべきものは被告である。
右二法により監督処分をなしうる時期・期間については定めがなく、監督処分権限を有する者は、それぞれの法の趣旨に則って何時にても開発工事・造成工事の是正のために前記のごとき必要な措置をとることを命じる建前になっている。
このような開発許可権者・造成工事許可権者による監督処分権限は、都計法、宅造法の立法目的・理念の実現を継続的に担保するために付与されている権限であることはいうまでもない。したがって、本件各許可処分の取消しに関しては、単に工事が完了し、その検査が終了したからといって、取消しを求める訴えの利益がなくなるというものではなく、原告らは右工事完了後といえども都計法八一条一項一号ないし四号に該当する事由があるか否か、宅造法一三条に定める監督処分権限を行使すべき事由があるか否かについて判断を求める法律上の利益を有するものである。
四 請求の原因に対する認否
1 被告
(一) 原告らの請求の原因1は認める。但し、本件宅地造成工事許可処分の文書番号は高槻市指令第七一―一一号である。また、本件各許可処分の対象となった土地は以下のとおりであり、原告らがいう高槻市古曽部町五丁目一六〇番の内一部の土地は本件各許可処分の対象外である。
(1) 高槻市古曽部町五丁目一六五番
山林 二四〇六平方メートル
(2) 右同所一六六番
山林 二五一平方メートル
(3) 右同所八六三番、八六四番、八六五番
山林 九二二平方メートル
(4) 右同所八六一番の一
山林 一一六平方メートル
(5) 右同所二八五番の四四
宅地 三四・八三平方メートル
(6) 右同所八六〇番の一
雑種地 一四一平方メートル
の内一二六・九五平方メートル
(7) 右同所一七〇番
山林 七九三平方メートル
の内一二九・六二平方メートル
(8) 右同所一六一番
山林 三八六七平方メートル
の内七〇・九六平方メートル
(9) 右同所一六七番
山林 七三〇平方メートル
の内三八・四二平方メートル
(10) 右同所二八五番の四七
宅地 二・六一平方メートル
(11) 右同所二八五番の四三
宅地 八・二七平方メートル
(二) 同2は争う。なお、原告らのいう合意事項・確認書記載事項(同2(一)の(1))は本件各許可処分の内容をなすものではない。被告が奥天神町三丁目自治会との協議に応じてきたのは、本件開発区域の住民との対話により、より良い円滑な開発行政を推進するための行政的配慮にとどまるもので、右合意事項・確認書の記載をとらえて本件各許可処分の違法を論ずることはできない。
(三) 同3のうち、原告らが奥天神町三丁目地区に居住していることは認めるが、原告らが同地区に土地を所有することは不知。本件開発区域で崖崩れ・土砂崩れ・溢水があったとき直接の影響を受けるものであることは争う。
2 参加人
(一) 原告らの請求の原因1は認める。
(二) 同2は争う。
被告のした本件各許可処分は、その手続及び内容に何ら瑕疵がなく、適法である。参加人が本件各許可処分を受けるについては、原告ら住民の要求も考慮して専門家による地質調査を実施し、被告に対し必要な関係書類及び資料を提示している。
(三) 同3のうち、原告らが本件開発区域付近の住民であることは認め、その余は争う。
五 被告の主張
1 本件開発許可処分について
(一) 原告らは、本件開発許可処分の取消を求めているが、右許可処分は都計法二九条に基づきなされた許可申請に対する処分であり、被告は右許可申請について、同法三三条に定める基準に適合する場合はこれを許可しなければならないところ、参加人の右開発許可申請は、右基準に適合するものであり、これを許可した被告の本件開発許可処分は取消されるべき筋合はない。
(二) 本件開発許可申請は、参加人が高槻市古曽部町五丁目一六六番地ほか合計五〇三四・五六平方メートルの土地につき、参加人自らの住居並びにその業務の用に供しない建築物等の建設を目的として開発行為を行なうことの許可を求めたものである。したがって、本件申請は一ヘクタールを超えない開発であるから、都計法第三三条一項八号ないし一〇号の適用はなく、同項一号ないし七号及び一一号ないし一三号に定める基準が満足された申請である限り被告はこれに対し許可処分をしなければならない。
(三) 許可基準の充足
(1) 都計法三三条一項一号について
本件開発対象土地は第一種住居専用地域であるが、参加人の申請内容は、開発のうえ、ここに低層の分譲住宅を建築することを目的としており同号に違反するところはない。
(2) 同項二号について
(ア) 開発区域内には、既存の道路七〇・九二平方メートルに加え、一七一八・八三平方メートルの道路が新設され、合計一七八九・七五平方メートルの道路が設けられることになっているが、この道路は、開発区域の南端において開発区域外の幅員六・二メートル以上の道路に接続しているとともに、適正な勾配を保持し、下層をセメント安定処理をなし、表層はアスファルト舗装をなすことになっており、開発区域外の道路の機能を阻害することなく、これと接続してこれら道路の機能が有効に発揮せられるようされている。開発区域内に設けられる道路は六・九メートル(一部通行上の支障のない箇所においては四・七メートル)の幅員を有し、建物敷地区画のすべてがこれに接道するよう設計されている。
(イ) また、開発区域内には二八一・〇三平方メートルの公園が設けられることになっており、右公園の面積は、開発区域総面積五〇三四・五六平方メートルの約五・六パーセントに当り、法令の要求する三パーセント相当の面積を大幅に上回っている。
(ウ) さらに、開発区域内には消火栓一基が設置されることになっており、消防上の要請も満足されている。
(エ) 以上の道路・公園・消火設備は、開発面積五〇三四・五六平方メートルという本件開発の規模・形状、本件開発区域周辺の状況、本件開発区域の傾斜状をなす地形及びその地盤の性質、建売住宅を建築すべき用途、開発区域を一五〇・二四平方メートルないし二二九・一四平方メートルの面積を有する一七区画の建物敷地に区分する敷地の規模及びその配置を勘案して、環境の保全上、災害の防止上、通行の安全上、事業活動の効率上いずれも支障がないような規模及び構造で適当に配置されている。
(3) 同項三号について
(ア) 本件開発区域の雨水については、道路両側に二五〇ミリメートル×三〇〇ミリメートルまたは三〇〇ミリメートル×三〇〇ミリメートルのU字側溝もしくはL型側溝を、建物敷地区画周囲に一五〇ミリメートル×一五〇ミリメートルのU字側溝をそれぞれ設け、側溝に流入した雨水を一二か所の雨水枡に集め、これを道路に埋設した三〇〇ミリメートルの径の雨水管を経て一旦面積五七・九八平方メートル、深さ五・三メートルの遊水池に放流し、さらに遊水池より道路に埋設された五〇〇ミリメートル径の雨水管を経由して区域外の幅六〇〇ミリメートルの排水路に放流されることになっており、雨水枡に集められた一部の雨水は幅五〇〇ミリメートル、深さ一〇〇〇ミリメートルの排水溝を経て大谷池に放流されることになっている。また、汚水については、すべての建物敷地区画からそれぞれ道路に埋設された三〇〇ミリメートル径の汚水管に流入し、一旦一七か所に設けられた汚水枡に集められたうえ、右汚水管を経由して区域外の汚水排水管に放流されるよう設計されている。右排水設備はヒューム管または鉄筋コンクリート造をもって構成されている。なお、道路に埋設された雨水管には九個の、汚水管には一七個の人孔がそれぞれ設けられることになっている。さらに、地下流出水については、地中に二〇〇ミリメートル×二〇〇ミリメートルの集水栗石及び一〇〇ミリメートル径の集水管を所要箇所に埋設し、区域外の排水管及び大谷池に排出されるようになっている。
(イ) 右排水設備は、いずれも本件開発区域において想定される汚水・雨水等を有効に排出できるような管渠の勾配及び断面積を有するものである。遊水池を経て流末に放流される雨水については、雨水量が〇・一四四立方メートル毎秒であるのに対して、前記の排水設備は〇・一七一立方メートル毎秒の排水能力を有するものであり、また、大谷池に放流される雨水は〇・〇九立方メートル毎秒であるのに対し、大谷池に至る前記排水溝は〇・二五七立方メートル毎秒の排水能力を有するものである。最大許可流出量を処理するためには遊水池の面積四四・〇〇平方メートル、水深四・五〇メートル、流出管の断面積〇・〇一三九平方メートル、径〇・一三メートルの規模をもって足りるところ、前述のとおり遊水池の面積・水深・流水管の断面積・径はいずれも右数値を大幅に上回っている。また、地下排水についても、排水量が〇・〇〇〇七一八立方メートル毎秒に対して、前記の地下排水管は〇・〇一四一立方メートル毎秒の排水能力を有するものである。本件開発区域は一七戸の住居の用に供する建物が建築される予定であって、これらの建物より排水される汚水は前述の規模を有する汚水排水管により円滑に排水し得ることはいうまでもない。
(ウ) 以上のとおり、本件開発申請にかかる排水施設は開発区域内の雨水及び汚水を有効に排出し、その排水によって開発区域及びその周辺の地域に溢水の被害を生ぜしめないような構造及び能力で適当に配置されている。
(4) 同項四号について
(ア) 本件開発区域に設けられる給水施設は、本件開発区域より南に存する既設のVP五〇径の給水管をMJP七五径に新設して給水能力を増加したうえ、本件開発区域南より五〇径もしくは七五径の給水管を区域内道路下に埋設し、制水弁を五か所に設け、区域内に新築される一七戸の住宅及び消火栓に給水されるよう設計されている。
(イ) 右給水に係る設計は、本件開発区域の規模・形状及び周辺の状況、区域内の土地の地形及び地盤の性質、予定建築物等の用途、その敷地の規模配置に適合し、本件開発区域において想定される上水需要に支障をきたさないような構造及び能力で適当に配置せられている。
(5) 同項五号について
(ア) 本件開発区域は、すでに住宅街を形成している高槻市奥天神町三丁目地区に北接する傾斜状をなす山林地であって、本件開発申請はこれを開発して一七戸の住宅を新設しようとするものであり、新設される住宅は既存の右住宅街と一体として良好な居住環境を現出するものである。
(イ) また、本件開発申請においては、開発区域内に公園、消火栓が設けられているうえ、前述のとおり法に適合した道路、給排水施設も既存のものと円滑に連繋しており、かつ、周辺地域における環境の保全に欠けるところがない。
(6) 同項六号について
(ア) 本件開発区域内の土地は、地盤の軟弱な土地、崖崩れまたは出水のおそれが多い土地、その他これに類する土地に該当するものではない。
(イ) そのうえ、本件開発申請は次のとおり都計法施行令二八条の要求を充足している。本件開発は、五八五六・二四立方メートルの切土、五八三二・四三立方メートルの盛土の各土工事を伴なうものであるが、右土工事において、軟弱地盤の存する箇所は土の置換えが予定されているとともに段切り状の宅地の開発をすべく設計されており、右工事により発生する崖面は崩壊しないように鉄筋コンクリート造もしくはブロック積擁壁が設けられ、崖の上端に続く地盤面はいずれも崖の反対方面に雨水等の表水が流れる勾配がえられるようされている。
(ウ) 本件開発区域には、本件開発により、高さ六メートルに至るまでの多くの崖が発生することになっているが、高さ一メートルをこえる崖面にはその保全のための必要に応じて、いずれも水抜穴、裏込栗石を具えたブロック積擁壁、鉄筋コンクリート造擁壁、杭付鉄筋コンクリート擁壁が設置されることになっている。右ブロック積擁壁は京阪式安全ブロック第五型を使用するものであって、これによって構築された擁壁は宅造法施行令八条の規定による練積み造擁壁と同等以上の効力があることを建設大臣が認定したものであり、鉄筋コンクリート造、杭付鉄筋コンクリート造擁壁については、安全計算の結果、土圧、水圧及び自重によって破壊されないこと、これら圧力・自重により転倒しないこと、これら圧力・自重によりその基礎が滑らないこと、これら圧力・自重によって沈下しないことが確められている。
(7) 同項七号について
本件開発区域には、災害危険区域、地すべり防止区域、その他政令で定める開発行為を行なうのに適当でない区域は含まれていない。
(8) 同項一一号について
本件開発許可申請の申請人は参加人であるが、参加人は昭和五一年一〇月二七日付をもって建築工事業及び土木工事業の許可を受けており、高槻市庄所町九番二号に本店、営業所を有するほか、同市奈佐原二七三番地に南平台作業場を、同市三島江二四三番地の二に三島江作業場をそれぞれ設けて現に土木建築業を営んでいるものであり、昭和五二年四月三〇日現在において富士銀行茨木支店に当座預金三万三二二八円、通知預金六〇〇万円、定期預金一〇〇〇万円、計一六〇三万三二二八円の預金を、摂津信用金庫高槻支店に当座預金五六五二万九一八五円、定期預金二一〇〇万円、定期積金六九八万円、通知預金一〇〇万円、計八五五〇万九一八五円の預金をそれぞれ有している。また、賦課された昭和五一年度の公租公課は法人税三一五万五八〇〇円、利子税四万円、固定資産税都市計画税一二七万八七七〇円、市民税五〇万九二〇〇円であって、いずれもこれを完納しており、参加人の昭和五一年六月二〇日現在における貸借対照表においても前期繰越利益金一〇五万八二六三円、当期利益金五五二万二四八四円を計上し、順調な経営を見せている。さらに、本件開発に係る工事に要する支出は総額二億三一〇〇万円と見込まれるのに対し、宅地処分による収入二億五五〇〇万円が予定されている。以上の点から本件開発申請の申請人である参加人は本件開発行為を行なうために必要な信用と資力の存することが明らかである。
(9) 同項一二号について
本件開発行為の施工者は申請人と同様参加人であるが、参加人は(8)に記載したほか、昭和四八年八月以後において、高槻市立三箇牧幼稚園舎新築工事、同市立柱本小学校増築工事、同市立三箇牧小学校給食棟増築工事、同市立北清水第二幼稚園舎新築工事、宇野辺郵便局新築工事、高槻市立柱本幼稚園舎増築工事、同市立登町集会所新築工事、右柱本小学校舎増築工事、高槻市立富田南公民館新築追加工事、同市立大冠幼稚園騒音対策工事ほかの建築工事を完工しており、本件開発行為にかかる工事を施行する能力を有するものである。
(10) 同項一三号について
本件開発区域の土地の所有者である参加人、右土地について担保権を有する積水化学工業株式会社、開発区域からの雨水・汚水の放流先施設の所有者古曽部水利組合、本件開発地域の一部所有者であり隣地所有者でもある黒川肇子・中井久徳・同春子・加賀山明、開発区域の隣地所有者大藤亨・株式会社ニッタ・日商土地開発株式会社の各同意が得られたうえ本件申請がなされており、同項一三号に定めるところにも適合している。
(四) 以上のとおり、本件開発許可申請は都計法三三条一項、同法施行令、同法施行規則に定める基準に背反するところはなく、被告のした許可処分が取消されるべき筋合はない。
2 本件宅地造成工事許可処分について
(一) 原告らは、被告のした本件宅地造成工事許可処分についてもその取消を求めるが、参加人の本件宅地造成許可申請は宅造法九条に定める基準に適合しているものであり、被告がした許可処分の取消を求める原告らの本訴請求は失当である。
(二) 宅造法九条にいう技術的基準は、同法施行令四条以下に定められている。よって、以下同令の条項に従って本件宅地造成工事許可処分の適法性を明らかにする。
(1) 宅造法施行令四条ないし六条及び七条一項について
前記1(三)(6)の(ア)(イ)(ウ)に述べたとおり、本件造成工事許可申請はそのいずれの基準にも適合するものである。
(2) 同令七条二項及び三項について
構造物安定計算書に記載されているとおり、いずれも右条項の要求するところが確認されている。
(3) 同令八条(一五条)について
同令一五条によれば、同令八条の宅地造成区域に設ける間知石練積み造その他の練積み造の擁壁については、特殊の材料による擁壁の場合は、当該特殊材料による擁壁につき建設大臣が同令八条の規定による擁壁と同等以上の効力があるものと認めるものを同令八条に規定する擁壁とみなす旨定めている。
本件造成工事にかかる擁壁には、前述のとおり、建設大臣が練積擁壁と同等以上の効力があるものと認定した京阪式安全ブロック第五型がその認められた仕様に従って用いられているのであるから、同令八条本文にいう擁壁に該当するものであり、かつ、同条一号ないし四号の要請を充足しているものであって、同令八条の基準に合格している。
(4) 同令九条について
本件宅地造成区域内に設けられる擁壁は、建築基準法三六条ないし三九条に基づき、構造設計、構造部材、基礎、建物の部分及び付属物に関するブロック組積の施工上の規定である同法施行令五二条一項、二項及び四項の規制のみならず、鉄筋コンクリートにおけるコンクリート材料、鉄筋の継手及び定着、コンクリートの強度、コンクリートの養生、コンクリートの鉄筋に対するかぶり、厚さに関する同令七二条ないし七五条及び七九条の各規制にいずれも適合するようされており、宅造法施行令九条に違反するところはない。
(5) 同令一〇条について
本件造成工事にかかるブロック積擁壁、鉄筋コンクリート造、杭付鉄筋コンクリート造擁壁はいずれも裏面に透水層を形成するよう裏込栗石を配し、排水のための耐水性を有するVP七五ミリメートル径の水抜きパイプを壁面面積三平方メートル以内毎に少なくとも一本宛を備えるよう設計されており、同令一〇条の定める基準を充足している。
(6) 同令一二条について
本件造成工事においては、切土または盛土をした土地の部分に生ずる崖面のうち高さ一メートルを超えないものについては、すべて重力式擁壁が施されることになっている。
(7) 同令一三条、一四条について
前記1(三)(3)の(ア)(イ)(ウ)に述べたように、本件造成区域における雨水その他の表面水はこれを排除することができるよう排水施設が設けられることになっており、右排水施設はこれらの水を支障なく流下させ得る管渠の勾配断面積を有し、かつ、下水道法施行令八条二号、三号及び八号ないし一〇号に定めるところに適合するものである。
(三) なお、宅造法九条二項が、同法施行令一七条、一八条によれば、高さ五メートルを超える擁壁の設置、切土または盛土をする土地の面積が一五〇〇平方メートルを超える土地における排水施設の設置に係る工事は同令一八条に定める資格を有するものの設計によらなければならないものと定められているところ、本件造成工事は、高さ五メートルを超える擁壁の設置を含み、かつ、切土または盛土をする土地の総面積は一五〇〇平方メートルを上回るものである。ところで本件造成工事の設計は、松井正之によってなされているが、右設計者は昭和三七年三月立命館大学土木工学科を卒業し、昭和四〇年五月二四日測量士の資格を取得し、昭和四三年六月以降八年三月にわたり東摂津荘園、枚方尊延寺、高槻市奥天神町槻ノ木ハイツの各宅地造成工事に従事してきたものである。したがって、右設計者は同令一八条一号に定める資格を有するものである。
(四) 以上のとおり本件造成工事許可申請は宅造法及びその関連法令に適合するものであって、取消されるべきものではない。
第三証拠《省略》
理由
一 被告が参加人に対し本件各許可処分をしたこと(原告らの請求の原因1)は当事者間に争いがない(但し、本件宅地造成工事許可処分の許可番号及び本件各許可処分の対象とされた土地の範囲(地番)につき争いがあるが、前者については、《証拠省略》により高槻市指令(建)第七六―一一号であること、後者については、《証拠省略》により、原告らのいう高槻市古曽部町五丁目一六〇番の内一部の土地は含まれず、対象とされた土地は前記「請求の原因に対する認否」1(一)の(1)ないし(11)に記載する各土地であるが、そのうち(5)(6)(10)(11)の各土地は高槻市古曽部町五丁目ではなく、同市奥天神町三丁目の各該当地番の土地であることがそれぞれ認められる)。
二 ところで、本件は、行政事件訴訟法三条二項にいう処分の取消しの訴えとして提起されているところ、処分取消しの訴えは、行政庁の処分によって生じた違法な状態を除去し、もって国民の権利・利益の保護救済を図ることを目的とするものであるから、違法状態を原状に回復することが法律上不可能とみるべき事態が生じた場合には、もはや処分を取消してみても違法状態を除去することはできず、国民の権利・利益の保護救済に資することができないことに帰するから、当該処分を取消すべき実益はなく、訴えの利益はないものというべきである。
三 そこで、本件各許可処分に基づいて行なわれた宅地造成工事の状況及びその原状回復の可能性について検討する。
1 《証拠省略》によると、
(一) 参加人は、本件各許可処分に基づき、本件開発区域について分譲住宅の建築を目的とする宅地造成工事を行ない、昭和五七年五月六日右工事を完了し、同日被告に対し都計法三六条一項に基づき開発行為に関する工事完了の届出をなすとともに、宅造法一二条一項に基づき宅地造成に関する工事の完了検査を申請した。
(二) 被告は、右同日本件開発区域において工事の検査を実施し、同月一九日工事内容が都計法二九条の規定による開発許可の内容及び宅造法九条一項の規定に適合しているものと認め、参加人に開発行為に関する工事の検査済証及び宅地造成に関する工事の検査済証を交付し、さらに都計法三六条三項に基づき開発行為に関する工事の完了を公告(高槻市公告第六〇号)した。
(三) 本件開発区域の面積は五〇三四・五六平方メートルで、その大部分は松等の育成する山林(傾斜地)であったところ、総計五八五六・二四立方メートルの切土及び総計五八三二・四三立方メートルの盛土が行なわれ、本件開発区域内に分譲住宅建築のため一七区画に区分された宅地(一区画の面積は約一五〇平方メートルないし約二三〇平方メートル)が整備されたうえ、右各区画に接する幅員約四メートルないし六メートルの道路(アスファルト舗装済み)も設置された。
右各区画の宅地はブロック積擁壁またはコンクリート擁壁によって区分されているが、隣接する区画相互間にはいずれも高低差(段差)があり、整備された宅地は全体として段切り状のいわゆるひな壇の形状をなしている。
また、本件開発区域の周囲(区域外の土地との境界部分)もブロック積擁壁またはコンクリート擁壁によって囲まれており、本件開発区域の西端部分には児童公園が、南端の宅地の南側には遊水池がそれぞれ設置されている。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 右事実によると、本件開発区域を原状の山林状の形態に回復することは、物理的に全く不可能とまでいうことはできないとしても、原状回復の規模・態様、原状回復によって予測される社会的・経済的損失、原状回復のための工事が原告らを含む付近住民に及ぼす新たな物理的・精神的影響等を考慮すると、社会通念に照らし法律上原状回復は不可能であるといわざるをえない(殊に原告らが主張する本件開発区域の地質・伏水流等の状況について原状回復することは不可能というほかない)。
四 原告らは都計法八一条及び宅造法一三条の規定を根拠として原告らに訴えの利益がある旨主張する。
しかし、右各規定が設けられた趣旨は、都計法及び宅造法がその法律目的達成のため種々の制限を一般私人に課しているところ、その規制に違反する行為がなされこれを放置しておくと目的の達成が危ぶまれるので、その違反を早急に排除するため、違反者に対し違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができることにしたものであって、本件の場合その権限が被告にあるとしても、違反を是正するための措置を命ずることは被告の合理的判断に基づく自由裁量に委ねられているものである。したがって、監督処分権限を行使しうる法律上の要件が具備されたとしても、その行使が一義的に義務づけられるという関係にはなく、仮に被告の権限不行使が著しく合理性を欠き、裁量権の範囲を逸脱するものとしてその結果発生した損害につき損害賠償請求権が成立するような場合であっても、原告らが直接被告に監督処分権限の行使を求める権利または法的地位を有するものと解することはできないから、右の各規定は、処分の取消しによる原告らの権利・利益の保護救済に資するものではなく、原告らの訴えの利益を肯定する根拠とはなりえないものといわざるをえない。
五 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件訴えはいずれも訴えの利益がない不適法なものであるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条に従い主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 宮岡章 中川博之)
<以下省略>